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還暦百態物語<8>

【フィクション/還暦百態物語~その8】

じいさんの顔.jpg

 人生はメビウスの輪の様なものに思える時がある。表だと思って歩き続けていたらいつの間にか裏の道に来ていたという具合で…そしてそれでもそのまま歩きつけていると、いつしかまた表の道を歩いている事に気がつく。表だとか裏だとか言うのはその時々の見掛けであって、時間が経てば評価は変わる。人の心も世の中も何ひとつ不変のものはない。…そんなことに気がついて、そんな視点で世を眺め、改めた基準で生き様を促すというのも実は還暦を経たからこそのケジメと言えるのではないだろうか。

 若い頃は仕事の関係で単身海外に暮らすこともあった。結婚をして中年を過ぎた頃も単身赴任で家族と離れて暮らしていた時期があった。そして現在、近い将来にはケアハウスに入居しようか迷っている。人というものは、いざ何かに真剣に対峙しようとすれば孤独の境地になるものだ。何かに頼ったり甘えたりしている間は真に問題を背負って直視しているとは言えないだろう。腹を据える、覚悟をする、とは孤独な無頼の境地に立って生き様を背負うことなのだ。
 その男(仮に「M」と名付けよう)にとって、ある日偶然に居酒屋で見た光景は人生を裏返す切っ掛けとなる出来事だった。食事を取っていた隅から前のカウンター席を見ると、組から外れたチンピラ風の中年男が店の女将に絡んで困らせていた。何だか不愉快な気分になりながら様子を眺めていたら男の視線とぶつかった。普段なら目を伏せるところなのだが何故かその日は逸らせることがなく、見て見ぬふりをする事が出来なかった。たぶんMの心の中で少なからずその場をやり過ごす事に抵抗があったのだろう。
 Mの表情が文句ありげな表情に見えたのか、チンピラ風の男は席を立ち上がって睨んだまま近づいて言った。
「何見とんのや」Mの前に立った男は威嚇のつもりか胸を突き出して恫喝した。見るからに器の小さそうな男が風体だけを強面(こわもて)に装っている。自分では気が小さくて臆病だと決めつけているMがこの時ばかりは男を見切ったせいか妙に肝の座った態度で落ち着いて相手の眼を見据えた。
 “問われて答える返事もない”そう思ったMはただ黙って顔を上げていただけだったが、少しの沈黙の後、チンピラ風の男は何を思ったかブツブツ独りごとを言いながらカウンター席に戻って行った。水を差されて白けたのか男は絡んでいた女将の事も忘れて手酌酒を口にした。
 自分に非がないと思うのなら臆することなく堂々と対処すれば良い。それでも礼儀だけは忘れずに、男から目を背けるような対応をしなかった事が勝負の分かれ道だったと知った。その場の危機を救ったというよりも自分の正しいと思うことを全うしたという思いがMを満足感に浸らせた。そして今までどうしてこんな生き方をしてこなかったのか、悔恨とも言える思いが沸き起こって来たのだった。何かを恐れて正直さから目を背ける生き方は自分自身をますます卑しくしてゆく人生だった気がする。
 還暦を過ぎて人生の終着点が見えかけた歳になり、何も失う恐怖もなくなった頃にようやく勇気を出してみようと思えるようになった。失うことの恐怖を越えてこそ本当に生きたと言える人生だと分かった。

 ヤクザの組に入って裏街道を歩く、そんな生き方を選んでみたい衝動にかられたMだった。これまでのセオリーからことごとく離れて、誰にも囚われない無頼で生きたらどうなるのだろうか?そんな考えが頭をもたげた。そして匕首を突き付けられても動じない泰然自若とした生き方は恐怖を越えた向こう側にある様な気がした。
(やくざ者として生きよう…)小さく囁いてかつてMの同級生だった組頭の門を叩いた。

<了>


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