So-net無料ブログ作成
検索選択
2017年07月| 2017年08月 |- ブログトップ

還暦の猫 その3「猫族の使命感覚」 [閑話休題]

還暦ミカン_横眠り.jpg

猫にも様々な姿がある。
生まれ立てでミャーミャー鳴いてばかりの幼い猫。体力知力も付き始めて世の中に好奇心いっぱいの子猫。ヒトとの共生を図りながら猫社会でテリトリーを築く成年猫の時代。そして円熟し達観した還暦猫。
巷では愛玩ペットとして可愛い子猫たちに人気が集まっているようだが、猫だって若いものもいれば年寄りの猫だっている。それを忘れてもらっては困るというものだ。

還暦猫ミカンは今日ものったりと暮らしている。今年の夏は特に怠そうだ。元々はアフリカの熱帯で暮らすライオン、ジャガーといった種族の血統だから暑さには強い筈なのだが、家猫として十数年も暮らすと野生の体力は低減するらしい。あの精悍だった顔つきは何処へ消えたかと思うくらいに、すっかり好々爺宜しく脱力の風貌で無防備に寝ている。

還暦ミカン_棚上眠る.jpg

さてさて日中はのったりしているミカンだが、還暦猫としてのプライドもあって夕暮れ時になれば野生の仕事に戻るのが日課となっている。夕涼みを兼ねて玄関先に出ては、何か異様な気配が無いか怪しい者は居ないか夕闇に目を凝らしている。…と言うとまるで頼もしく聞こえるが、実は我が家の門番をしているわけではなく自分のテリトリーに他所の野良猫が侵入して来ないか見張っているだけなのだ。

還暦ミカン_警戒.jpg

しかし猫なりの思いというものを誤解してもらっては困る。還暦猫ミカンにだって義侠心はあるし一宿一飯の義理を思いやる気持ちもある。けれどもそれは人間社会に身を置いた人間社会で生きる生きものとは捉え方が少しばかり違っていることを人間は理解しなけりゃいけないね。
生きとし生けるものすべて生きものたちは真剣に生きている。誰もが生きるために最善を尽くしているのさ。だから猫だって同じことで生きるためのルールはしっかりわきまえているつもりだ。人間のつくった猫の偶像を今一度見直してもらいたいのが猫族の大方の意見だと思うよ。

人間と猫との違いのひとつに「使命感」という概念がありそうだ。ヒトの世界では社会的責任というものがあるらしくて、それが時には使命感と同意語にもなったりする様だが、猫社会では少し違っている。そもそもこの世に生まれ出でたことは自分の意志でも仕業でもないから、生きている事に使命とか責任とかいう感覚は見当違いという訳で、あるとすれば私に生を与えた神の御心と説明するしか無い。あ~面倒くさい。
そもそも猫族はこういった面倒くさい事が大嫌いなので、人間の様にあまり考えない事にしている。人間は猫に考える能力が無いからだと思っているみたいだが、その程度の能力が猫に無い訳ではなくって面倒くさいだけのことなのだ。

闇のミカン_02.jpg

還暦猫ミカンは大方の猫族と同様で面倒くさいことが大嫌い。そもそも面倒なことをするという行為は猫としての生態哲学に反しているからだ。“猫の美学”に反していると言い変えても構わない。
人間と共に暮らしてその生態を見ていると、どうしてあんな面倒くさい考え方を実践しているのだろうと不思議に思ってしまう。例えば生き方にテーマや問題意識を掲げて思い悩みながら生活している。「人はパンのみにて生きるにあらず」とか言って、何か別の目標らしきものを必要としている。所謂ライフワークというものらしいけれど…猫族には理解を超えた範疇なのか、それとも未体験ゾーンで理解をしていないだけなのか?

そんな訳で、生きている日々の中で猫としてのライフワークを考えてみるのだが思い浮かんでは消えてゆく…どうもしっくり来ない。やっぱり猫の世界に於いては面倒くさいだけで必須ではないもののようだ。


nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

還暦百態物語<2>

【フィクション/還暦百態物語~その2】 


じいさんの顔.jpg


 退職をしてから十数年が経っている。刑事に憧れて就いた職業だったが、警官という職業は不条理を抱えながら暮らさなければならない職業だと痛感したのが結論だった。
 退職金に多少の補てんを受けてのリストラ対象の早期退職で、その後は民間の警備会社に勤めたりしながら還暦の今日までやって来た。長らく役人の世界に勤めていると退職した後は“陸に上がった河童”で民間企業では物事の基準が馴染みにくいものだと改めて痛感した。


 若かった頃の正義感はいつの間にか変色していて、今でも街を歩けば様々な不条理に出くわすのだがもう俺の出番ではないと自分に言い聞かせては自重している。
 そんなある日、俺の眩しい過去を振り返らせるひとりの女性が現われた。ショッピングセンターの片隅で時間つぶしの様相で商品を眺めていたら目の前に見覚えのある後ろ姿が目に入った。つい気になってチラ見していたものがいつしか真剣にその行き先を追うようになっていた。




 もう三十年近くが過ぎている。自分の気持ちを抑え切れずに苦しんだ、そんな恋をした過去が俺にもあった。こんな偏狭な人間にもロマンスを夢見る人の心があったのかと思うと不思議だが、人の心というものは儘(まま)にならず、気まぐれな偶然で鬼にも仏にもなるというのが還暦を迎えた俺が得た信条でもある。
 心ときめく恋心などと云うものは押し隠していた自分の反面が触発されただけの事でなにも驚く事でもなく、今の俺では少し遅すぎたというのが正直な感想なのだが…それにしても見覚えのある後ろ姿の細いうなじが気になる。今更何に心を震わせるのか、それは自分の本能を触発する危険な匂いのする何かだという事を、もうこの歳になれば理解できる。けじめを付けたある時期から長らく封印をしてきた若年の猛々しさとでも言おうか、夜空に乱れ咲く花火にも似た破壊のエネルギーの様なものだ。


 胸の高鳴りをクールダウンさせて我に返って考えてみた。この歳になるまでどこか裏腹な人生を歩んでいる気がしていたが、それは自分の恋愛観にも影響を及ぼしているかも知れない。今ここでもう一歩を進める意欲というものに躊躇してしまうのは何故か?青年時代には暴走する事もあった俺が、社会人になって警官という職業に就いてからは“自制”という言葉に縛られ続けて来たものだ。
 目の前の彼女は店の立ち並ぶコンコースを足早に渡って少しづつ視界から遠ざかってゆく。
 「いいのか?もう二度と出会う事のないかも知れない彼女を、目の錯覚だったと言い聞かせてやり過ごしてしまう。これまでの様に願望から目を逸らせて幻の中に押し込める人生で終わりたいのか?」
 戸惑いながらも少しずつ確実に彼女に近づいている自分自身がいた。あれこれと理屈を並べてみても自問自答は己に許可を得るための儀式だという事に気がついた。懐かしさをこの手の中に納めることに躊躇は無くなった。そこには少しずつ早足で記憶の後ろ姿を追いかける俺がいた。もうすぐ彼女の背に手が触れる…俺はかつて並んで歩いた懐かしい仕草で彼女の肩を叩こうとした。



 その時、突然何者かに腕を掴まれた。振り返れば紺の制服を着た警察官らしかった。
 「お忙しいところをすみませんが只今職務質問させていただいています。最近この辺でストーカー行為が頻発しているとの情報が入ってパトロール巡回中なんです。」
 言葉は優しい口調だったがその眼差しは明らかに疑いを表していた。還暦の男が中年女性の後姿を眺めてはおどおどしながら近づこうとしている、そんな状況を見れば誰もが怪しいストーカー行為と捉えたとしても間違いではないだろう。しかし今の俺にはそんな冷静な判断が出来なくなっていた。どんな事があっても見失い掛けた彼女との時間をもう一度共有したい。こんなところで中途半端な遺物にしてしまいたくない、そんな執着が頭に血を登らせたようだ。
 気が付けば警官の胸を掴み押し倒していた。目の前の彼女に気づかれたくない一心で咄嗟にもみ消そうと行動してしまったのだ。迂闊な事だと気づいた時には遅かった。傍にいた二人の警官に取り押さえられて事態を取り巻くような人の輪が出来た。


 不甲斐ない自分の姿を彼女に見られてはいないか、それだけが気になって辺りを見回した。かつて彼女とよくお茶を飲んで過ごした頃に警官であった俺は自分の仕事と生き様の話をよくしたものだったが、そんな律儀な話を好意的に聞いてくれた彼女を前にしてとんでもない醜態を晒すことになった。
 興味深げに覗き込む人込みの顔・顔・顔…目に映った彼女の表情は正面から見るとどうやら人違いの様だ。ショッピングセンターでは熟女を狙ったストーカー被害が相次いでおり警報を受けたために婦人警官を泳がせておとり捜査をしていたらしい。そんな事も知らずに元警官だった俺はまんまと網にかかった訳だ。
 還暦というやつは現役時代の夢・憧れを目覚めさせる作用があるようだ。俺はかつての恋心が幻想だった事を悟り二度と振り返ることのない若気の河を渡り切った。


<了>


_______________________________________
 この読み物はフィクションで構成されているショートショートの習作です。 


nice!(16) 
共通テーマ:日記・雑感

2017年07月|2017年08月 |- ブログトップ